滋賀・京都の遺品整理・生前整理・事件現場特殊清掃・害虫駆除は美鈴環境サービス

代表の挨拶

代表のプロフィール

鈴木健司(すずきけんじ)

有限会社 美鈴環境サービス
代表取締役


主な略歴・資格
1972年 京都市生まれ
1990年 滋賀の堅田高校を卒業 在学中に日韓親善野球の滋賀選抜に選出
1994年 阪南大学経営情報学科卒業 在学中に全国大会に出場
MVP(1) ベストナイン賞(4) プロ野球2球団からスカウト経験
1994年 株式会社京都カリタスに入社後、約5年間にわたり異物混入防止対策として、ねずみ昆虫類等の防除、環境インスペクション、昆虫同定調査、また清掃・洗いなど幅広く経験を積む
1999年 有限会社美鈴環境サービスを設立 専務取締役に就任
2006年 代表取締役に就任
2011年 一般社団法人日本経営士会 ビジネスイノベーションアワード2011 努力賞受賞
全国で7人目の環境経営士となる
2012年 経営士となり、一般社団法人日本経営士会の正会員になる
2013年 100年続く企業づくりのため、人材教育の一環で生活心理学を学ぶ
「環境」という広義なワードを追求し、環境開運学の資格を取得
2015年 遺品整理士・遺品査定士の資格を取得
一般社団法人遺品整理士認定協会の地区統括会員となる
2017年 相続診断士の資格を取得
一般社団法人京都市役所前相続支援協会 会員となる
一般社団法人相続診断士会 京都相続診断士会 発起人となる
一般社団法人日本経営士会 ビジネスイノベーションアワード2017 CSR優秀賞受賞
トリアーヴ・グループ四富スクウェアの会員となる

ごあいさつ

「困った」を助ける行動で前進

当社誕生の契機となったのは、1988年に寿々木クリーンサービスを設立した父が、異物混入防止対策の世界へ歩み始めた事であります。

私が15歳の頃、父の仕事を手伝った時は、殺虫剤は強力で外壁殺虫及び排水系の殺虫は、トラックによる動力噴霧、空間殺虫も今ほど養生や表示も行わずに行っていました。3K労働「きつい」「汚い」「危険」に属する業務であり、当時、プロ野球選手になるために、日々努力していた私にとっては「2度とすることはないな」と言っていたのを思い出します。

そして20歳の頃には、夢が目標に変わり、「1軍でプレーをすること」というテーマで練習していたのですが、数カ月後に不慮の事故に合い、野球人生に終止符を打つことになりました。落胆した日々を過ごしましたが、22歳で無事に社会人としての出発点を父が作ってくれました。


その2度目の人生が3Kの世界。プロ野球選手とつり合う存在になることに対し、異常なまでの執念があったので、幾多の困難を乗り越えることも苦しくはありませんでした。しかし経営難の発覚により、その会社を離れることを決意しました。その3か月後に、大手企業からの会社設立の意見も頂き、1999年に父と有限会社美鈴環境サービスを設立することになりました。翌年2000年では4名となりましたが、私と父の俸給は10万円だったことは、今でも忘れません。


そして、順調に土台を築き上げてくれた父に代わって、2006年に代表取締役に就任しました。

時代は、エコという言葉が飛び交う環境社会に突入していましたので、「環境」という広義なワードに対応できる会社作りを目標とし、環境経営士・経営士の資格を取得。さらに生活心理学と環境開運学も学び、困られている・この先困るだろうお客様に対して、親身になって応対できるように、自分独自の色を作ることに励みました。


そして年間2000件の訪問により、6年後の2014年には目標の年商を突破。翌年の2015年には新たなビジネスとして生前整理・遺品整理の「おかたづけサポート事業部」、2016年にはいきものから繋ぐポータルサイト「情報サービス事業部」を本格的にスタートしました。これからも常にインプットし続け、努力の虫でアウトプットしていくことに力を注いで参ります。


さて今般は、大企業が優位に立つIT社会からのロボット時代。当社のような企業規模では参謀に恵まれるわけもなく、本来であれば、私自らが取り組まなければならないのですが、信頼できる技術者と出会い、また豊かな人脈により様々な提案やサポートを可能に出来つつあります。

世の中は、安全・安心志向まっしぐら。「困ったら美鈴」と言ってくださるような会社を目指して参ります。安全・安心を何よりも優先にすることを忘れず、お客様のために、環境のために常に前進していきたいと考えておりますので、どうぞこれからも変わらぬご支援のほどお願い申し上げます。

代表取締役鈴木健司サイン

Copyright© 2013 (有)美鈴環境サービス All Rights Reserved.
ページ最上部へ